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読書感想文+アルファ……的な「あれこれブログ」

いじくりまわしてはいけない。

うしカウカウ



しかし『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』


と『魔の山』の組み合わせって……


自画自賛ですけど


(よくも思いついたな)


って。



この二つの小説が正反対の向きを持っている


と考えてもいいし



たがいに同じものを目指している、と見ても


いいように思えます。




村上春樹氏の『世界(以下略)』の方は脳の中の世界に迫っているし


トーマス・マン氏の『魔の山』は、縮図と言いますか


あるいは箱庭のようなものの中に出現する


世界のリアリティに迫っています。




で、ここで無理くりですが


故水木しげる先生にご意見を頂戴できるとしたら


先生はきっとこうおっしゃるのではないでしょうか。


「人生をいじくり回してはいけない」


(↑これ、先生の御本のタイトルです)

違う時間に入り込む!

うしカウカウ



古典と呼ばれるすべての作品のことを


もちろんわたしは知りませんが


少なくとも自分が読んだ限りでは


みんな時間の流れ方が違います。



昔に書かれたものなんだから


違ってて当たり前と言えば当たり前


なのですけれど、その違ってる時間に


入り込めるということ自体がオドロキ


であり慰めというか。



第1次世界大戦のとき、ヨーロッパの最前線


にいる兵士たちに本を送ろうという


運動があったと


何かで読んだ記憶があります。



送られた本は兵士たちを非常に慰めた。


突き放して言うなら、それは要するに逃避


ですが


(明日はもう生きていられないかも)


と肌で感じている兵士たちが


眠りに落ちる前のわずかな時間に


戦場とはまるでかけはなれた平和な世界


の話を読んでホッとした。



そこには


人間がそれだけ人間の観念世界


を拡大してきたということの


ポジティブな側面があります。


一方ではずいぶんネガティブな側面も


あるにしても。

古典を読めば……。

うしカウカウ



わたしがリアルタイムに『魔の山』を読んだ


多分1970年代の後半、あの頃は


まだまだ教養が相当にモノをいった時代です。


そこには、今から見ると

(お勉強のマヌケさ)

みたいなものもある反面


時代を通して積み上げられたものの重み


みたいなものが指針というか


いざというときの頼りになっていました。


それらの内には、今のような大変動期には

通用しなくなってしまったものもある反面


依然として有効というか揺るがないものも

あります。


たとえばの話、自分が自分に期待して


ある程度は人からも応援してもらい


努力を続けていたことが完全な的外れと

判明して愕然とすることがあります。


(呆然自失!)

の時ですね。


そういとき、何でもイイから古典を読む。


『方丈記』とか

『平家物語』とか

『オイディプス王』とか

『マクベス』とか



カフカの『変身』とか

スタインベックの『怒りの葡萄』だって

ギリギリで古典の内だと思います。